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細身で眼鏡男子でかっこよくて歌もすてきで、話もおもしろくて本当に子供ながら恋をしていた頃のさださんです。UPしてくださって嬉しいです。ありがとうございます。
何だこりゃ・・もうこれロックのライブじゃんそれにしてもこの頃のさだまさし、本当にすごい日本人にしか作り得ない「情念」それも万葉集とか古今和歌集とかの伝統に基づいた世界観、これぞ唯一無二!
大学生の頃でした、この日東大寺の大仏殿の前まで行きましたがチケットが無いと入れませんでした。200人くらいの人が門の外で耳を澄ませてまっさんとーくに浸っていました。するとまほろばの前の辺りで突如まっさんの独断で門が開放され外で聴いてくれてる人も入れてやってくださいと。サプライズでした。当時半月だったのを覚えています。懐かしい。
当時はこの名曲がわかるはずもなく意味もわかったつもりで聴いていました。この歳64歳になって多少はわかってきましたがまだまだです。死ぬまでには理解したいと思います。
懐かしい! この東大寺大仏殿落慶法要のコンサート行きました。NHKに応募した往復ハガキが当たったんです🤗東京から夜行の大垣行き、西明石行きを乗りついで、大阪から始発で来た友達と待合せました。朝から並びシートに座り、近くにいた人達とも仲良くなり夕方までお喋りをしながら過ごしました。前から十数番目に並んでいたのでさぞ近くで見られるかと思いきや、東大寺発行の招待券を持った人達はギリギリに来てもパイプ椅子で見やすそうな所で羨ましかった。それでも大仏殿の前できいたまほろばは最高でした‼︎
もはや言葉で語ることが出来ないほどの名曲。永遠。ただ、ひとつだけ思う。主人公の青年はなぜ「ここで死ねる」と言った彼女の言葉を信じることが出来ず、疑ったのだろう。個人的な一生の希望なのだけれども、僕は、彼女の側からの「まほろば」を聴いてみたい。
遠い明日しか見えない僕と足元のぬかるみを気に止む君との心のすれ違いに気が付いていたからじゃない?
この場にこれ程相応しい曲はない!さすが、宮崎康平先生が褒め称えた曲です。
この歌を聴くたびに主人とあと何年暮らせるのか、そんな歳になり、大事に暮らしたいです🎉
車の中で聴いていて、最後の「何もかも移ろい去って」の所で突然涙が溢れてきたことがあました。奥が深い最高の曲です。
さださんの、人が生きてゆくと言うことえの本源的な問いと叫び、ただただ、鳥肌がたちます。素晴らしい!
やっぱり、さださん天才❤🎉
遠い明日しか見えない僕と、足下の泥濘を気に病む君と…当時中学一年だったが、何故か深く胸に刺さった歌詞でしたさださんの歌詞は間接的な表現が多いが、直接的な表現より心に深く刺さりますね
本当に迫力あるコンサートです! 何十年たっても 忘れない歌詞と曲です✨ 最高🙆
ジローさんのベースを聴くと、当時の弾いてる姿が目に浮かびます。もう一度このメンバーでのまほろばが聴きたかったな。
こんにちは☺ 40年前のまっさん。この‘’まぼろば‘’には、不思議ですが、何となく浪漫を感じますね。この東大寺の落慶法要コンサート。時の流れが過ぎても、忘れられませんね。素晴らしい。
娘が、奈良で学生生活過ごしたので、何度か東大寺に通いました。スケールの大きい曲に驚きました。素晴らしい!
私、この頃のさださんに恋をして居ました❤主人も細身の眼鏡男子😊とても優しくて、現実のさださんのようです(惚気笑)アップ、ありがとうございます😂
ここまで人の心と自分の心の中を うたとメロディーで表現する さださんはもう凄すぎる 中学の頃から さださんの歌聞いて心揺さぶれてたなー 今おばさんになっても あの頃の感情と感じる気持ちが同じなのです さだ氏すごいわ
懐かしく素晴らしい映像を堪能し感激しています。たしか入場無料だったはず。33年前(昭和55年か56年?)、奈良市法連町にある高校に通っていたのですが、昼休みにフケて東大寺前で行列に並び、真ん中ぐらいで気合を入れて聞き惚れました。さだまさし氏の第一期全盛期だったと思います。まほろばはやはり今聞いても最高傑作かな。
高の原に移りますね
一条か奈良
近鉄で今年デビューする観光特急の名前があをによしなので聴きたくなりました。
たらちねの母。草枕。旅。そして青丹よし奈良。枕詞を歌詞中にいれるなんてかっこよすぎる。さださんの教養深さをかんじます、⛲
この、落慶法要コンサート、40年前、付き合いだした彼女が招待ハガキを持っていて、一緒に見に行きました。今はそれぞれの道を歩んでいますが、まさかRUclipsでこの映像を見れるとは…😆🍀感慨深いものがあります…
奈良は、この歌の影響もあり、若い頃に何度も行きました。50代には仕事で10年位。素敵な古都です。さださんは、歌に言魂がある。おそらく自分が、消えるまで聴き続けると思う。
この時、長江の映画の制作中のまっさん。当時の私は中学生。私はこのコンサート。NHK総合で生ライブで観てました。当時の私は学校でいじめを受けていましたが、🎧️🎶に救われていました。まっさんにも、千春にも、秀樹にも。生命を救われました。"まぼろば"はすばらしいですね。
素晴らしい!僕も、今でも、弾き語りしている大好きな曲です。
トークも歌も(顔も)今の方が私は好きだな♪でも、この年齢で既にこの歌詞を書いていたなんて、やっぱり天才ですね。
20代でこの曲がつくれるもんかね
当時高校生だったのですが、最後の「満月!」のところで佐田さんのオデコを映したのは「絶対ワザとだよね〜」と、放映の翌日にクラスの話題になりました。
泣ける
素晴らしい動画ありがとうございました。このコンサートのアンコールで「つゆのあとさき」を熱唱されていました。(昭和のNHK放送)子供心にすごく感動した覚えがあります。
さださんが一生懸命やってきたことには人類の宝が有ります、長江惨劇見る度に悲しくなります。
奈良に住む両親、現80才前フォークなんか聞かないのにさだまさしいい!って言ってたのはこの番組を見たから。これを見た、親戚のおっちゃんもみんなさださんファンになってた。
ロケの難航、かさむ借金、合間のコンサート。今、状況を判って見れば、さださんの表情がやや疲れてる様に見えますね。
このころ小学生。修学旅行でポスター見た記憶が。随想録かったのは言うまでもない
この時点で結構やばかったんだろうな、借金・・・
今のヘラヘラ うすら笑いした歌い方よりこの頃の絶唱が好きだわ
年と共に姿も声も衰えるのは生き物の定め。 長く現役でいてくれるだけでいい。それだけで勇気が貰える。昔とくらべないで!
好きか嫌いかを言ったまでですよ
いま見返してみると銀縁の眼鏡のころが求道者的でいいんだよね。長江の映画で莫大な負債を抱えて何か変わってしまったような気がする。(それとは別にあの映画は三峡ダム完成まえの古き良き中国を映像に留めた貴重な作品ではあるのだけど)
ちょうど高一の時に担任の先生に挨拶したときオリエンテーションで、「先生、さだまさしさんに似てる。と言った自分がいました。やっぱり好きだったんだろうな」
この30年後にまた東大寺でコンサートをする恐ろしい人w
そうだったんですか。
頑張れ 竹田先生!
悲しいよね!核兵器と戦争を、無くさないといけない。
このあと中国に行ってとんでもない額の借金こしらえて来るんだよねw
確か NHKで放送したぞ
この時、膨大な借金がかさんでいたんですね。
以前 テレビの番組で 借金は返済したとおっしゃってましたが 、歌も素敵だし スケールの大きな人だと 思いました✨
自己破産を勧められた事もあったと。けれど 必ず返済すると。事情は全く知りませんでしたが、返済が終わられたと画面越しに耳にし その努力に言葉が有りませんでした。全てを 歌に・・・。
この頃のさだはいい。今のさだは別人。
黒髪に霜の降るまで…髪があるだけマシだよ、ねぇさださん。
/
ん?なんかあの国?やだな。
細身で眼鏡男子でかっこよくて歌もすてきで、話もおもしろくて本当に子供ながら恋をしていた頃のさださんです。UPしてくださって嬉しいです。ありがとうございます。
何だこりゃ・・もうこれロックのライブじゃん
それにしてもこの頃のさだまさし、本当にすごい
日本人にしか作り得ない「情念」それも万葉集とか古今和歌集とかの伝統に基づいた世界観、これぞ唯一無二!
大学生の頃でした、この日東大寺の大仏殿の前まで行きましたがチケットが無いと入れませんでした。200人くらいの人が門の外で耳を澄ませてまっさんとーくに浸っていました。
するとまほろばの前の辺りで突如まっさんの独断で門が開放され外で聴いてくれてる人も
入れてやってくださいと。サプライズでした。当時半月だったのを覚えています。懐かしい。
当時はこの名曲がわかるはずもなく意味もわかったつもりで聴いていました。この歳64歳になって多少はわかってきましたがまだまだです。死ぬまでには理解したいと思います。
懐かしい! この東大寺大仏殿落慶法要のコンサート行きました。NHKに応募した往復ハガキが当たったんです🤗東京から夜行の大垣行き、西明石行きを乗りついで、大阪から始発で来た友達と待合せました。朝から並びシートに座り、近くにいた人達とも仲良くなり夕方までお喋りをしながら過ごしました。
前から十数番目に並んでいたのでさぞ近くで見られるかと思いきや、東大寺発行の招待券を持った人達はギリギリに来ても
パイプ椅子で見やすそうな所で羨ましかった。
それでも大仏殿の前できいたまほろばは最高でした‼︎
もはや言葉で語ることが出来ないほどの名曲。永遠。ただ、ひとつだけ思う。主人公の青年はなぜ「ここで死ねる」と言った彼女の言葉を信じることが出来ず、疑ったのだろう。個人的な一生の希望なのだけれども、僕は、彼女の側からの「まほろば」を聴いてみたい。
遠い明日しか見えない僕と足元のぬかるみを気に止む君との心のすれ違いに気が付いていたからじゃない?
この場にこれ程相応しい曲はない!
さすが、宮崎康平先生が褒め称えた曲です。
この歌を聴くたびに主人とあと何年暮らせるのか、そんな歳になり、大事に暮らしたいです🎉
車の中で聴いていて、最後の「何もかも移ろい去って」の所で突然涙が溢れてきたことがあました。奥が深い最高の曲です。
さださんの、人が生きてゆくと言うことえの本源的な問いと叫び、ただただ、鳥肌がたちます。素晴らしい!
やっぱり、さださん天才❤🎉
遠い明日しか見えない僕と、足下の泥濘を気に病む君と…
当時中学一年だったが、何故か深く胸に刺さった歌詞でした
さださんの歌詞は間接的な表現が多いが、直接的な表現より心に深く刺さりますね
本当に迫力あるコンサートです!
何十年たっても 忘れない歌詞と曲です✨ 最高🙆
ジローさんのベースを聴くと、当時の弾いてる姿が目に浮かびます。
もう一度このメンバーでのまほろばが聴きたかったな。
こんにちは☺ 40年前のまっさん。この‘’まぼろば‘’には、不思議ですが、何となく浪漫を感じますね。この東大寺の落慶法要コンサート。時の流れが過ぎても、忘れられませんね。素晴らしい。
娘が、奈良で学生生活過ごしたので、何度か東大寺に通いました。スケールの大きい曲に驚きました。素晴らしい!
私、この頃のさださんに恋をして居ました❤
主人も細身の眼鏡男子😊
とても優しくて、現実のさださんのようです(惚気笑)
アップ、ありがとうございます😂
ここまで人の心と自分の心の中を うたとメロディーで表現する さださんはもう凄すぎる 中学の頃から さださんの歌聞いて心揺さぶれてたなー 今おばさんになっても あの頃の感情と感じる気持ちが同じなのです さだ氏すごいわ
懐かしく素晴らしい映像を堪能し感激しています。たしか入場無料だったはず。33年前(昭和55年か56年?)、奈良市法連町にある高校に通っていたのですが、昼休みにフケて東大寺前で行列に並び、真ん中ぐらいで気合を入れて聞き惚れました。さだまさし氏の第一期全盛期だったと思います。まほろばはやはり今聞いても最高傑作かな。
高の原に移りますね
一条か奈良
近鉄で今年デビューする観光特急の名前があをによしなので聴きたくなりました。
たらちねの母。草枕。旅。そして青丹よし奈良。枕詞を歌詞中にいれるなんてかっこよすぎる。さださんの教養深さをかんじます、⛲
この、落慶法要コンサート、40年前、付き合いだした彼女が招待ハガキを持っていて、一緒に見に行きました。今はそれぞれの道を歩んでいますが、まさかRUclipsでこの映像を見れるとは…😆🍀
感慨深いものがあります…
奈良は、この歌の影響もあり、若い頃に何度も行きました。50代には仕事で10年位。素敵な古都です。さださんは、歌に言魂がある。おそらく自分が、消えるまで聴き続けると思う。
この時、長江の映画の制作中のまっさん。当時の私は中学生。私はこのコンサート。NHK総合で生ライブで観てました。当時の私は学校でいじめを受けていましたが、🎧️🎶に救われていました。まっさんにも、千春にも、秀樹にも。生命を救われました。"まぼろば"はすばらしいですね。
素晴らしい!僕も、今でも、弾き語りしている大好きな曲です。
トークも歌も(顔も)今の方が私は好きだな♪
でも、この年齢で既にこの歌詞を書いていたなんて、やっぱり天才ですね。
20代でこの曲がつくれるもんかね
当時高校生だったのですが、最後の「満月!」のところで佐田さんのオデコを映したのは「絶対ワザとだよね〜」と、放映の翌日にクラスの話題になりました。
泣ける
素晴らしい動画ありがとうございました。このコンサートのアンコールで「つゆのあとさき」を熱唱されていました。(昭和のNHK放送)子供心にすごく感動した覚えがあります。
さださんが一生懸命やってきたことには人類の宝が有ります、長江惨劇見る度に悲しくなります。
奈良に住む両親、現80才前
フォークなんか聞かないのに
さだまさしいい!って言ってたのはこの番組を見たから。
これを見た、親戚のおっちゃんも
みんなさださんファンになってた。
ロケの難航、かさむ借金、合間のコンサート。今、状況を判って見れば、さださんの表情がやや疲れてる様に見えますね。
このころ小学生。修学旅行でポスター見た記憶が。随想録かったのは言うまでもない
この時点で結構やばかったんだろうな、借金・・・
今のヘラヘラ うすら笑いした歌い方よりこの頃の絶唱が好きだわ
年と共に姿も声も衰えるのは生き物の定め。 長く現役でいてくれるだけでいい。それだけで勇気が貰える。昔とくらべないで!
好きか嫌いかを言ったまでですよ
いま見返してみると銀縁の眼鏡のころが求道者的でいいんだよね。
長江の映画で莫大な負債を抱えて何か変わってしまったような気がする。
(それとは別にあの映画は三峡ダム完成まえの古き良き中国を映像に留めた貴重な作品ではあるのだけど)
ちょうど高一の時に担任の先生に挨拶したときオリエンテーションで、「先生、さだまさしさんに似てる。と言った自分がいました。やっぱり好きだったんだろうな」
この30年後にまた東大寺でコンサートをする恐ろしい人w
そうだったんですか。
頑張れ 竹田先生!
悲しいよね!核兵器と戦争を、無くさないといけない。
このあと中国に行ってとんでもない額の借金こしらえて来るんだよねw
確か NHKで放送したぞ
この時、膨大な借金がかさんでいたんですね。
以前 テレビの番組で 借金は返済したとおっしゃってましたが 、歌も素敵だし スケールの大きな人だと 思いました✨
自己破産を勧められた事もあったと。けれど 必ず返済すると。事情は全く知りませんでしたが、返済が終わられたと画面越しに耳にし その努力に言葉が有りませんでした。全てを 歌に・・・。
この頃のさだはいい。今のさだは別人。
黒髪に霜の降るまで…
髪があるだけマシだよ、ねぇさださん。
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ん?なんかあの国?やだな。